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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)791号 判決 1994年10月24日

原告

小嶋健嗣

被告

松一運輸株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、九三九万一四〇〇円及びこれに対する平成三年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  右一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、二二七四万五四〇三円及びこれに対する平成三年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  この判決は仮に執行することができる。

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

(1) 日時 平成三年五月二九日午後四時三五分ころ

(2) 場所 神奈川県横浜市磯子区中浜町四番五号先の国道一六号線の交差点付近

(3) 加害車 訴外土屋春喜運転の大型貨物自動車(品川一一き二七六一)

(4) 被害車 原告運転の普通貨物自動車(横浜四〇れ七六二)

(5) 態様 被害車が右交差点で吉野町方面から磯子方面に向けて右折すべく赤信号で停止していたところ、同交差点を磯子方面から吉野町方面に左折しようとした加害車の積荷(建設機械用ギアケース〔重量約六〇〇キログラム〕四個)が突然落下し、そのうちの一個が被害車を直撃し、これを大破した。

(二)  被告の責任原因

被告は加害車を保有し、これを自己の運行の用に供していた。

(二)  原告の損害

(1) 受傷及びその治療と入・通院の状況並びに後遺障害

<1> 本件事故により、原告は、左下肢挫傷、右股関節脱臼骨折、左膝前十字靱帯損傷、右第四指中手骨骨折、右踵骨骨折、左上腕骨剥離骨折等の傷害を受けた。その治療のための入・通院の状況は次のとおりである。

ア 平成三年五月二九日から同年八月八日まで横浜中央病院に入院し、その間、六月三日には右股関節についての観血的整復固定術(スクリユー固定)、同月一四日には左膝についての各手術を受けた。

イ 同年八月八日から同月三〇日まで、山梨県春日居町の富士温泉病院に入院し、リハビリテーシヨンを中心とした治療を受けた。

ウ 同年八月三〇日から同年一一月二八日まで、神奈川県厚木市の神奈川リハビリテーシヨン病院に入院し、同年一一月二九日から平成五年五月二四日まで同病院に通院してリハビリテーシヨンを中心とした治療を受けたほか、その後も定期的に数回の治療を受け、経過観察を受けている。

エ この間、右アの手術の際に受けた輸血が原因となつて肝機能障害(漫性C型肝炎)に罹り、平成三年一一月三〇日から現在に至るまで屏風ケ浦病院に通院してその治療を受けている。

<2> 後遺障害

ア 原告は、前記の手術により右股内部にスクリユー(金具)三本を装着されて、股関節及び膝の内旋が左五・右二〇等の制限を受け、関節に機能障害を残している。この状態は生涯継続する。そして、この後遺障害は、平成五年五月二四日をもつて一応症状固定と診断されているが、併せて、「症状固定としても、当分の間、経過観察を必要とする」、「運送業務への就労は否である」旨の診断がなされている。のみならず、原告は、前記のように、輸血によつて慢性C型肝炎に罹り、肝機能障害の合併症を併発している。

イ 原告の後遺障害は、自賠責保険においては後遺障害別等級表一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると認定されている。しかし、原告の後遺障害の内容は、単なる神経症状ではなく、明らかに機能障害を残すものであり、それは、一〇級一一号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」、もしくは、一二級七号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」のいずれかに該当するものとみるべきである。

(2) 具体的損害額

<1> 治療費 一〇万一八一五円

自賠責保険から支払われたもの以外に原告が直接支払つた分の合計額である。

<2> 入院雑費 九万一〇〇〇円

原告の入院期間は一八二日間であり、入院雑費としては一日当たり一二〇〇円の割合による金額が相当である。したがつて、その合計額は二一万八四〇〇円であるところ、そのうち任意保険から一二万七四〇〇円が支払われているので、これを差し引いた分である。

<3> 転院等の経費 一二万九九九円

ア 平成三年八月八日、横浜中央病院から富士温泉病院へ転院したときの、ガソリン代三九六九円、有料道路代三二〇〇円、運転手への謝礼金二万円

イ 同月一九日、富士温泉病院から神奈川リハビリテーシヨン病院へ転院するための準備としての検査診療を受けたときの、レントゲン写真代二八八〇円、山梨・厚間のタクシー代二万三〇〇〇円、厚木・自宅間のタクシー代一万一二三〇円、有料道路代二一〇〇円

ウ 同月二一日、自宅から富士温泉病院へ帰るときの、タクシー代二万八二二〇円、有料道路代一二〇〇円

エ 同月三〇日、富士温泉病院から神奈川リハビリテーシヨン病院へ転院したときの、タクシー代二万四〇〇〇円、有料道路代一二〇〇円

<4> 逸失利益 一四九八万一五八九円

原告の後遺障害は少なくとも一二級七号に該当するとみるべきであることは前記のとおりであるところ、原告は肉体労働を基本とする運送業を自営していたが、右後遺障害のため今後運送業務への就労は不可能であるとの診断を受けている。これらの事情に鑑みると、その後遺障害による労働能力喪失率は少なくとも二〇パーセントとみるべきである。そして、原告は、昭和一八年一二月一六日生まれで、症状固定時の平成五年五月二四日現在では四九歳であり、事故当時の年収額は五九四万三六六〇円を下らなかつた。したがつて、原告の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、一四九八万一五八九円である。

五九四万三六六〇円(年収額)×〇・二(労働能力喪失率)×一二・六〇三(労働能力喪失期間一八年間に対応する新ホフマン係数)=一四九八万一五八九円

<5> 慰藉料 五四五万円

原告は、元来頑強な身体を有していたが、加害車運転者の一方的な重過失による突然の事故によつて重傷を負い、入院六か月、通院一年六か月、しかもその間、二度の手術を余儀なくされて、生涯右股内部に金具三本を装着したままにしなければならない身体になつてしまつた。この間、加害者側は、事故直後に一、二回見舞いに立ち寄つたのみであり、誠意ある対応は全くしなかつた。右のような事情等によれば、原告に対する慰藉料は、傷害慰藉料として三七〇万円、後遺症慰藉料として二五〇万円、合計六二〇万円が相当であるところ、自賠責保険から後遺症慰藉料として七五万円を受領しているので、これを差し引くと五四五万円である。

<6> 弁護士費用 二〇〇万円

原告は、本件訴訟の提起・遂行を原告訴訟代理人に委任し、着手金及び報酬の支払を約した。原告の損害としての弁護士費用は二〇〇万円が相当である。

<7> したがつて、原告の残損害額は二二七四万五四〇三円である。

(四)  まとめ

よつて、原告は、本件事故による損害賠償として、被告に対し、二二七四万五四〇三円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である平成三年五月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する答弁・反論

(一)  請求原因(一)(二)は、認める。同(三)は、(1)<2>イの、原告の後遺障害が自賠責保険において一四級一〇号と認定されていることは認め、それが一〇級一一号もしくは一二級七号に該当することは否認し、その余は不知。

(二)  原告の後遺障害は一四級一〇号に該当するにすぎない。鑑定嘱託の結果は、原告の後遺障害について、「左膝関節の機能に障害を残すものとして、第一二級七号に該当するものと認める」としているが、到底認められないものというべきである。すなわち、一二級七号は、「一下肢の三大関節(股・膝・足の各関節)中の一関節の機能に障害を残すもの」であり、「機能に障害を残す」とは、関節の運動可能領域が生理的運動領域の四分の三に制限されていること(生理的運動領域の四分の一以上にわたつて運動制限があるもの)である。そして、それは、障害のある関節(患側)の角度を測定した測定値から運動可能領域を算出し、それと生理的運動領域とを比較して判定されるのであるが、原告の膝関節は、左右、他動・自動、いずれも屈曲は一四五度、伸展は〇度であり、患側である左と、健側である右とで全く数値は変わらないから、原告の左膝関節について一二級七号に該当する障害を認め得べくもなく、鑑定嘱託の結果における右の判断は全く根拠のないものというべきである。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因(一)(二)は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の損害について判断する。

1  受傷及びその治療と入・通院の状況並びに後遺障害

(一)  成立に争いのない甲第三号証ないし第一四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により傷害を受けたところ、その内容及び治療と入・通院状況は、概ね、請求原因(三)(1)<1>のとおりであり(ただし、<1>アの「平成三年五月二九日から同年八月八日まで」は、正確には「平成三年五月二九日から同年八月四日まで」である。)、入院期間は一八二日間、通院期間は約一年半、その間における通院実日数は五〇日程度(そのうち三四日は慢性C型肝炎の治療に係るものである。)であることが認められる。

(二)  原告は、本件事故による傷害の後遺障害として、股関節・膝関節の各機能障害が残り、それは自動車損害賠償保障法施行令別表所定の一〇級一一号もしくは一二級七号に該当する旨主張しているものと解されるところ、前掲甲第六号証ないし第一〇号証、第一三号証及び鑑定嘱託の結果によれば、股関節については軽度の可動域制限が存するだけで、それが一〇級とか一二級に当たるというべき事情はなく、本件における争点として取り上げなければならないのは左膝関節に係る障害のみであることが明らかである。そこで、これをみるに、右の鑑定嘱託の結果は、右の障害をもつて第一二級七号に該当すると診断していることが認められるけれども、一般に、被告の主張するように、一二級七号は、「一下肢の三大関節(股・膝・足の各関節)中の一関節の機能に障害を残すもの」で、「関節の機能に障害を残すもの」とは、関節の運動可能領域が健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものをいうと解されているところ、前掲甲第一三号証によれば、原告の膝関節は、左右、他動・自動、いずれも屈曲は一四五度、伸展は〇度と測定されており、患側である左と、健側というべき右とで何ら変わらないことが認められるから、鑑定嘱託の右の結果をそのまま採用することには躊躇を覚えざるを得ず、他に原告の右主張を認めさせるに足る証拠も存しない。原告本人尋問の結果によれば、原告は、歩行に格別の支障はないものの、立つたり座つたりするときや、階段の上り下りには、ゆつくり動かなければならない状態にあることか窺われるけれども、それだけでは直ちに右主張を認めさせるものとはいい難い。なお、原告は、慢性C型肝炎に罹患していることをもつて後遺障害と主張するごとくであり、前掲甲第一一号証、第一二号証及び第一四号証によれば、原告は慢性肝炎に罹患していることが認められないではないところ、右の罹患は本件事故による傷害の手術の際の輸血に起因するものである可能性は否定できないことが認められるけれども、それが自動車損害賠償保障法施行令別表所定の後遺障害等級のいずれかに該当するとまで認定することはできない。

以上の認定・説示と弁論の全趣旨に照らすならば、原告の本件事故による後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表所定の等級としては一四級に該当するものというほかないというべきである。

2  具体的損害額

右1の認定・説示を踏まえて原告の具体的損害額を検討すると、次のとおりである。

(一)  治療費

成立に争いのない甲第一九号証の一ないし二六及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自賠責保険から支払われたもののほかに、治療費として直接一〇万一八一五円を支払つたことが認められる。なお、右の甲第一九号証の二五・二六によると、右金額のうち八七二〇円は原告主張の慢性C型肝炎の治療に係るものと認められけれども、弁論の全趣旨により、これを本件事故による治療費に含まれるものと解するのが相当である。

(二)  入院雑費

原告の入院期間は一八二日間であり、入院雑費としては一日当たり一二〇〇円の割合による金額が相当である。したがつて、その合計額は一二万八四〇〇円であるところ、そのうち任意保険から一二万七四〇〇円が支払われていることは原告の自陳するところであるから、これを差し引くと九万一〇〇〇円となる。

(三)  転院等の経費

成立に争いのない甲第二〇号証の一ないし四、第二一号証の四ないし六、第二二号証の二・三、第二三号証の二、原告本人尋問の拮果により成立を認める甲第二〇号証の五・六、第二一号証の一ないし三、第二二号証の一、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二三号証の一及び弁論の全趣旨によると、原告は、原告は、転院等の経費として主張の一二万九九九円を出捐していることが認められ、<3>アのガソリン代三九六九円、運転手への謝礼金二万円のうちの一万円、合計一万三九六九円を除く一〇万七〇三〇円は、これを本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのか相当である。右のガソリン代は、主張の転院時のものが含まれているにしても、その具体的金額が明らかでないから、これをそのまま損害と認定することはできない。また、右の運転手への謝礼金二万円というのは、原告本人尋問の結果によると、その所有車両を自分の子供に運転させたことに対する謝礼であることが認められるから、二万円は過分であり、半分の一万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(四)  逸失利益

前記認定のように、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表所定の後遺障害等級としては一四級というほかないが、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時自ら荷物の積み降ろし等の肉体的労働を行う運送業を営んでいたところ、前掲甲第九号証及び鑑定嘱託の結果によると、本件事故による傷害、あるいはその後遺障害のため、事故後は必ずしも従前のようにはその業務に従事することができない状態にあると窺われるのであり、これらの事情を勘案すると、その労働能力喪失の程度は、一四級に対応する五パーセントをもつて足りるとするのは些か原告に酷に過ぎるというべきであり、八パーセントと認めるのか相当である。

しかるところ、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び官署作成部分については当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によりその余の部分の成立を認める甲第二四号証、証人小嶋セツの証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和一八年一二月一六日生まれで、後遺障害の症状固定時の平成五年五月二四日当時四九歳であり、事故当時の年収額は五九四万三六六〇円を下らなかつたことが認められる。

右によれば、原告の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり算定するのが相当であり、五〇四万一五五五円と認められる。

五九四万三六六〇円(年収額)×〇・〇八(労働能力喪失率)×一〇・六〇二八(事故当時の四七歳から就労可能年数である六七年までの二〇年に対応するライプニツツ係数一二・四六二二から、事故時から症状固定時までの二年間に対応するライプニツツ係数一・八五九四を差し引いたもの)=五〇四万一五五五円(円未満、切捨て)

(五)  慰藉料

前記認定の傷害、入・通院状況及び後遺障害の内容・程度等の鑑みると、いわゆる傷害慰藉料は二五〇万円が相当であり、後遺症慰藉料は一三〇万円が相当であるところ、原告が慰藉料として既に七五万円の支払を受けていることはその自陳するところであるから、原告の慰藉料の残額は三〇五万円である。

(六)  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は一〇〇万円をもつて相当と認める。

(七)  右によれば、原告の残損害額は九三九万一四〇〇円である。

三  したがつて、原告の本訴請求は、被告に対し九三九万一四〇〇円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である平成三年五月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当である。

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

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